『穴熊社長の蛙鳴蝉噪(あめいせんそう)2021年10月号』

 「できません。」、「無理です。」…簡単に、そう思ったり、やらずにはいられないな…。
「パラリンピック」をテレビ観戦して、そう思います。五体満足で、特に、大きなケガや病気に罹患することもなく、この歳まで生きていられる事自体が、とても恵まれていている事だと、改めて思います。様々な障害というハンディを、それを寧ろ、生きる力に変える。健常者でも、努力しても、なかなかできない事を、やってのける。人間の可能性って、すごいですね。
 コロナ禍に開催されたオリンピックについても、色々、ご意見はあろうかと思いますが、オリンピアの真っすぐな姿にも、畏敬の念を抱かずにはいられません。たくさんの感動や勇気をもらえたという方も多いでしょう。日本での開催という事で、時差や移動による環境変化の影響も緩和されたのも、選手の活躍を後押し。また、観戦・応援する国民もテレビで視聴しやすかったと思います。今回のコロナ禍にあって、選手たちは、異口同音に、「開催され」、「出場できる喜びと感謝」のメッセージが印象的でした。また、金・銀・銅のメダルの色へのこだわりよりも、「対戦相手への敬意を払う言動」、「出場し、やり切った喜び」のコメントが多く聞かれた印象を持ちました。
 「参加することに意義がある」…と、五輪の精神を唱えた言葉をしばらく耳にしない、メダルにこだわり、国を背負う風潮の時代が続きました。第4回の近代五輪(1908年)には、米国と英国との感情的対立があったそうです。当時の国際オリンピック委員会(IOC)会長・クーベルタンのメッセージとして、「勝つことではなく、参加する事に意義があるとは、至言である。人生において重要な事は、成功することではなく、努力することである。根本的な事は、征服したかどうかにあるのではなく、よく戦ったかどうかである」と記録されています。もちろん、勝ち負けを否定したものでもないと解釈されると思います。
 オリンピックとパラリンピックとの間に開催された高校野球。昨年は、甲子園での交流試合となり、多くの球児たちが見た夢は儚く消えました。お盆を挟んだ大雨の影響を受けましたが、観客制限の中、今年は開催されました。決勝は、関西の名門、系列校である両校の戦いとなりました。同じユニフォームを着て、戦っているようにも…。優勝校の主将のインタビュー。「礼に始まり、礼に終わる。」とコメント。系列校の相手に失礼のないように、喜びは、対戦相手に礼を尽くしてからとの内容でした。はしゃいで、金メダルかじった政治家や社名でクレームを発表する大人たち。令和の時代。純粋なスポーツマンに学ぶことは、たくさんありますね。翻弄されながらも、大きな事故もなく開催を終え、運営に携わった、現場の方々にも、敬意と感謝を忘れないようにしたいと思います。
今月も、お元気様です。(21・8・30)