「臛に懲りて、膾を吹く(あつものにこりて、なますをふく」。熱いものを食べて火傷した経験から、冷たい酢の物を食べる時にまで、吹いて冷まそうとする。つまり、一度の失敗に過剰に注意をして、必要以上に慎重になる事を表現した例え。日本人らしい言葉ですね。人は、痛い思いをすると身に堪えて、2度と繰り返さないようにするところがあります。反面、先月、話題にした、「エビングハウスの忘却曲線」。覚えようとしても忘れる事のある一方、体験を忘れないような本能的働きが人間にはあり、面白い生き物です。
今夏は、戦後80年。敗戦から数えて80年目の夏ということもあって、メディアでも多く、過ちを繰り返さぬよう、過去を風化させぬことを意図した番組等も放映されました。広島・長崎の平和式典も、2度と核爆弾が使用されぬ事を世界に伝える強いメッセージも発信されました。21世紀のこの期に及んで、未だ、戦争が続き、紛争が絶えません。「自国ファースト」、「核の抑止力」を利用して、核開発、核ミサイルをは増加の一途。昨年のノーベル平和賞に、日本の「日本原水爆被害者協議団体(日本被団協)」が受賞しました。核兵器のない世界を目指して尽力し、被害者の証言活動を通じて「核のタブー」を形成する上で重要な役割を果たした事が評価されました。戦争体験者、被爆者の高齢化が進み、歴史の風化が進む事が懸念されます。頭では分かっているつもりでも、実際に経験し、辛い大変な思いをした人の声とそうでない人の声とでは重みや思いの強さは異なるかもしれません。それでも、次世代に語り継がれるような取り組みが必要あり、戦後生まれの私たちにも大きな責任があります。
大国とされる、米国、ロシア、中国のトップは1945年(昭和20年)後の生まれ。先の大戦を経験していません。もちろん、日本の現在の総理大臣も。国益を守る責任と同時に世界が平和を維持使命を持ったリーダーのはずです。
戦争のみならず、災害や事故についても時間の経過と共に記憶の風化が懸念されます。時が経てば、「体験者はこの世を去る」、「人は忘れる」、「人は過ちを繰り返す」のも、人の常。そうだとしても、忘れてはならないこともあります。人はひとりでは生きていけないと分かっていても、自己中心、自分都合で動いてしまう。一人騒いでもいても変わらないことも多くあるけれど一人の力では何ともならないからこそ協力しあう。それぞれ生まれ育った国や環境は違えど、誰ひとり他人事といえないのが、平和や環境問題。
再び、自分の人生は自分のものだけど、自分だけのものでもない。
今月も、お元気様です。(25・8・13)