『穴熊社長の蛙鳴蝉噪(あめいせんそう)2026年10月号』

今日、ある方のお別れの会に行ってきました。掲載するのは躊躇もありますが書いてみます。長野県民なら誰でも知っていると思う程に、著名な、伊那の食品会社の経営者の方です。お付き合いがあったり、懇意にしていただいた程ではありません。仮に、ご健在であっても私のことは覚えていらっしゃらなかったと思います。けれど、権兵衛トンネル開通後、何かしら機会に恵まれ何度かお会いした事があります。私が属していた、地元の経済団体の会長さんや、奉仕団体の会長さんと懇意であり、その方々の傍で、お話をお聞かせ頂いたり、ご指導頂いたこともありました。弊社の店舗に、「100年カレンダー」が掲げてあるのも、そんなご縁からです。そんな木曽の先輩の方々も既に鬼籍に入られています。人生の恩人の先輩方が、まだこの世にいらしたなら、お参りされただろう。そして私もお供させていただいただろう、そんな想いを抱きながら伊那まで行ってきました。会場では、木曽の某町村の元首長の方もお見かけしました。日本を代表する世界的自動車会社のトップの方もお見えでした。カメラやマイクに囲まれ取材を受けられていらっしゃいました。また長野県選出の大臣経験者の現役国会議員の方もご夫妻でいらっしゃいました。お付き合いの広さ、ご功績の大きさを感じ、在りし日のお姿が偲ばれます。
地方の中堅企業とはいえ、その経営方針、経営手法等は、企業の大小を問わず日本の多くの経営者の尊敬の的でもあり、模範でもあったように思います。経営者のみならず、政・官界から文化界、学会等にあっても、多くの方に慕われ、大きな影響力のあった方だと思います。
お別れの会の会場は、自社の広大な庭園にオフィス、店舗、文化施設、ホールが整備された環境で、献花台で最期のお別れをした後は、順路に沿うと、施設一杯に、生きた足跡が表現され心に染み入る演出がされておりました。会場の設営・運営にも、社員さんである若いスタッフの皆さんが礼儀正しく、丁寧にご案内頂きました。
昭和の時代も遠くなりました。戦争体験者も減っています。戦争を乗り越え、今の時代の礎を創った先輩もいなくなってきました。人の命の限りを改めて実感し、時代や時間の流れを感じます。功成り名を遂げた人もいれば、私のように名もなくこの世からいなくなる者もいます。人にそれぞれ違いはあっても、誰でも人生は1回。例外なく、1度は死にます。
その中で、何のために生きるのか、どう生きるのか。自らが信念、哲学を持って生きる事の大切さを教えてくださった、先人たちの人生に想いを馳せながら、木曽に帰ってきました。お釈迦様も同じ人間であり、人生の先輩。私の人生も、まだまだ、これから。
今月も、お元気様です。(26・9・4)