『穴熊社長の蛙鳴蝉噪(あめいせんそう)2023年11月号』

 「敬老の日」。毎年9月の第3月曜日に設定されている日本の国民の祝日。「多年にわたり社会に尽くしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」日とされます。血縁の祖父母や親戚の高齢者だけでなく、世の中全ての高齢者に対する敬意を示し、長寿を祝うという意味があるそうです。確かに、今、こうしていられるのは日本の先祖代々の苦労があっての事。今から、50代も遡れば、誰しもつながっていると言えます。人には必ず両親がいて、その両親にもそれぞれ両親がいる。両親の「2」を、50乗していけば、莫大な数字になり…なるほどと合点します(計算機で、2の50乗計算してみてね)。自分が子どもの頃は、「敬老会」も町をあげた大イベントだったイメージがありますが、最近は耳にしなくなりました。

 2023年(令和5年)時点での日本の100歳以上の人口は約92,139人。内男性1万550人、女性8万1,589人。ほぼ9割が女性。令和3年に8万人を突破しており、2年で約1万人の増加。長寿社会、特に女性の長寿化を実感するところです。

 この9月に存命だった最後の叔父が亡くなりました。横浜までお別れに行ってきました。伯母・叔母は3人存命。こんなところでデーターに納得するのもどうかと思いますが、数字と現実は符号します。実父・義父ともに、他界して30年。実母・義母もいません。子の務めとしてそれぞれ送り出しましたが、当時と思うと葬儀のカタチも随分変わったきました。都会と田舎。田舎にあっても、セレモニーセンター(施設)での葬儀が主流になってきましたね。施設がない頃は、隣組や近くの親戚が幾日も時間を注ぎ、見送るのが普通でした。当然、亡くなった人は、自分で棺に入ることはできず、身内だけでは見送る事もできず、多くの方の力添えが必要でした。それは、生前も同じく、いろいろな関係性や感情があっても、共に支え合う事を意識せずにはいられない、人間社会の構図。最近は、施設のおかげで、親族・隣人共に、負担は大きく軽減されました。「多死社会」に対応した世の中の変化とも言えます。

 季節の変わり目、酷暑の影響か9月に逝去された方は多い印象です。横浜の叔父については、火葬場が混み、1週間、施設の一室で安置されました。最近は、通夜もそうした場所で執り行われ、親族の宿泊施設も併設されているところもありますね。

 十数年前に亡くなった東京の伯父にあっては、遺言に通夜・葬儀はしないとあり、自宅から専用の安置所を経由して、火葬場に直行の後、納骨。世の中の移り変わり、都会にあっての文化・風習の変容を感じてから相応の時間も経過しています。

 縁のあった方の死は、今を生きる自分自身と向き合い、生き方を深める機会でもあります。
 今月も、お元気様です。(23・9・29)