『穴熊社長の、蛙鳴蝉噪(あめいせんそう)2015年11月号』

 「・・・してもらいたい。」テレビの一般人のインタビューで、言葉の結びによく耳にするフレーズです。個人的には、いつも違和感を感じます。この人は、誰に対して「・・・してもらいたい」と希望しているのだろう?思ったり感じたりしているコメントを取材している人は求めているわけなので、そう気にする必要性はないとは思いますが主体性や意思が感じられず、良く言えば寛容な日本人の国民性を象徴した言い回しとも言えるかと思います。
 日本は、ほぼ単一性民族で成り立ち、徳川幕府が300年近く争いのない時代が続き、明治維新以後は親方日の丸で坂の上の雲へと登りつめる。先の大戦では1億総動員。戦後も、高度経済成長と共に、総中流・・・と何となく国を信じてやっていれば、何とかなるといった意識が根底にあるようにも思います。最近の信毎新聞に、中学生が演劇で、戦時中の特攻隊を演じた記事がありました。戦争を生の声で語れる世代も徐々に減って、2度とあってはならない意識を戦争を知らない世代に語り継ぐ上で、非常に意義深い良いことだと感心するところです。その中学生のコメントに、「2度と国の為に犠牲になってしまう戦争をしないでもらいたい」と書かれていました。立派な中学生であることは間違いないと思いますが、国をつくっていくのは、私たちであるはずなので、未来を担う若者には、戦争は2度としない国にしていきたいという意思を示すコメントを期待する私は、やはり「ヘンなおじさん」で・・・すね。
 「やる」と決めて、自分との約束を果たそうとする毎日は、大変ではあるし、思うようにいかないことが圧倒的に多かったりもしますが、充実した毎日にもなります。気楽に生きる毎日も、それはそれで良いけれど、自分に厳しく向き合い、「こうありたい」自分を創る毎日も、1度きりの限りある人生の価値を高めらる。自分の命ではあるけれど、自分だけの命ではない。ひとりでできることは限られているし、ひとり息巻いてみても何も変わりはしない。それでも、「してもらいたい」人生か、「自分がすること、できることを考えて意思表示をするかでは、 生き方は変わってくるはずとも。「誰かに何かをしてもらおうとする前に、誰かのために何ができるかを考えて実行することが大事」と・・・遺品の中のメモ書きを残した父の20回目の命日が間もなくきます。
 今月も、お元気様です!!

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