「生きていることは、宝くじが何度も連続で当たるくらい奇跡的なこと」。遺伝子研究の大家・故村上和雄先生の言葉。これは厳密な科学的確率を示したものではなく、生命が誕生して以来、「あなた」という存在が生まれるまでには、数え切れない偶然や条件が重なっている。これを伝える比喩と紹介される事があります。そうは言っても、生きてはいても、なかなか宝くじは当たりませんね(笑)。お笑いタレントの明石家さんまは、「生きているだけで丸儲け」が座右の銘と言います。伝える趣旨や意図は異なるところもあるかと思いますが、「命の尊さ」、「命はかけがえのないもの」、「生きる意味や価値」を考える時、深い言葉にも感じます。誰しもいろいろな人生の出来事に遭遇し、落ち込み、悩んだりする事は、当たり前にあり、そんな時、励まし、励まされたりの言葉にもなるでしょう。
「人間は、50代遡れば、みな親戚。」人には、誰しも両親があります。その両親にも、其々両親があります。親は2人。祖父母は、4人。曽祖父母は8人。1世代遡るごとに人数は2倍になる。50世代前まで、単純計算すると、先祖の数は、「2の50乗」。すなわち、「約1,126兆人」。その頃の世界人口を推測しても、そんなにたくさんいる事はなく、祖先の重複と考えれば、「みんな親戚」と表現されるのだと、妙な納得感を感じます。
「万世一系」。ひとつの系統が、非常に長い年月にわたって続いている事を意味します。特に、日本では天皇の皇位はひとつの皇統によって受け継がれてきたという考えを表現する言葉として使われてきました。歴史的には、明治維新以降、国家理念として強調されるも、初期の天皇家についての史料も限定的で、神話や伝承を含むところもあります。絶対的とは史実では言い切れないところもあります。
令和の今。「皇室典範」の改正として、国民的議論と言いつつ、国会では「空回し」が続きます。小紙が人目に触れる頃は、どうなっている事でしょう。法律や基準は必要で、体制を保持していく上では不可欠な事でもありますが、多くの国民が納得できる内容であって欲しいと願います。昨今の、肉親間を含め、残虐な事件が耳目を集める時代。少なくとも、日本人として誇り、矜持は共に分かち合える国民でありたいと思います。
木曽出身の明治の文豪・島崎藤村の言葉。「血につなるふるさと 心につがるふるさと 言葉につがるふるさと」。光と影のところはあったとしても、「日本は、わがふるさと」。
今月も、お元気様です。(26・7・2)